密蔵院

歴史

密藏院沿革

密蔵院全景"

当寺開創の年代は不明ですが、観音堂を起源とすれば鎌倉時代に遡ると考えられます。

そして永正(1504〜1521)の頃、森一族の菩提寺が建立され、森立寺と称し観音堂を守護していました。 慶長末期には火災で本堂を焼失しましたが、当寺の有力檀徒森庄兵衛を始とする一族によって再建されました。

享保から宝暦にかけて15世典亮和上が、法流の開祖として寺門の興隆に努め、 明治になって31世定欣和上の時から寺院内外の整備がすすめられ、 32世定吽和上が昭和18年に現本堂を完成させました。

しかし昭和20年戦火を受けて書院・庫裡を焼失し、 寺宝や古文書の多くを失いました。現在の庫裡や庚申堂(塔頭の金剛尊院)の新築は35世の現住職が行ったものです。 大慈閣は宗祖弘法大師1150年の御遠忌を記念して昭和59年に建立されました。

真言宗

本堂内陣

真言宗は仏教の中でも密教といわれる宗派です。

仏教は今から2500年ほど前にお釈迦様が悟りを開かれ仏陀となられたことを出発点としています。 インドで生まれた仏教は、中央アジアを通って、中国、モンゴルなどに伝わりその後、 朝鮮半島を経由して6世紀頃日本に伝来しました。弘法大師によって開かれた真言宗は、 仏教の中でも特に密教であるといわれます。

密教とは「仏さまの秘密の教えを明らかにした教え」という意味です。 そしてこの教えが弘法大師により日本に伝えられ、真言宗となるのです。

真言宗智山派

墓地の一画

密蔵院の真言宗智山派に属し、ご本尊は大日如来様です。

真言宗は現在、多くの派に分かれているが、古来、高野山、京都五山、智山、豊山等の各派が主流であるといってよい。 密蔵院の所属する智山派の総本山は、京都東山七条にある智積院で、その末寺は全国に三千ヶ寺あり、 僧侶は修行僧を入れると約五千人といわれている。高野山真言宗に次ぐ大宗派である。

本来、宗派の宗というのは教学上の学派を意味する。教えの上での異議をとなえることにより、 別の派を立てるというのが本旨である。 しかし現在の宗派の分立はそれほど意味を有していないといってよい。

密藏院寺史

宗祖弘法大師1150年御遠忌記念浄業として昭和59年に大慈閣が建立された折、その一環として編纂された。 古文書・尊像々底墨書銘・尊像開眼供養願文・伝説等あらゆる資料を探り、 これまで不明または漠然としていた当寺の史実を明らかにし、後世に伝えんとしたものである。

慶應義塾大学の名誉教授であり大田区立郷土博物館々長の西岡秀雄先生に校閲をいただき、 国立国会図書館をはじめ全国に配布された。

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